岐阜県と長野県の県境に聳える乗鞍岳は簡単に登れる3000m級の山である。なにせ登山口の標高が2700mと高い。飛騨側からはスカイライン、信州側からはエコーラインの観光道路が整備されている。どうしてこんな高地まで車道があるのかというと、戦時中航空機エンジンの高地実験場を造るため現在のスカイラインが整備されたのが始まりである。二つの道路は償還の終った平成15年からマイカー規制され、長野県側は標高1460mの乗鞍高原観光センターに駐車し、そこからバスで50分上がった先に畳平がある。立山の室堂の標高が2420mだから日本一高い登山口と言えよう。剣ヶ峰を筆頭に23の峰々と8つの平原で構成された山域は四季を通じて美しい景観を見せてくれる。乗鞍高原も含めて、家族連れが一日遊ぶにはもってこいの場所だが、遠方からのハイカーである私にそんな余裕はなく、畳平からのピストンになってしまい申し訳ない気持ちで一杯である。

コロナ観測所の右に槍穂連峰

エコーラインで一気に2700mの畳平へ

前日鹿島槍ヶ岳を1泊2日で登った私は、9月7日午前4時半に道の駅風穴の里で朝を迎えた。焼岳に行こうか、乗鞍岳にしようか迷っていたが、晴天の鹿島槍ヶ岳に登ったことの満足感が、今回の山行の8割は終わった気持ちになっていた。したがって、家に早く戻りたい気持ちになったため、登山時間の短い乗鞍岳に向かうことにした。5時40分に乗鞍観光センター駐車場に着き、バスの乗車券を求めてバス停に並んだ。6割くらいの乗客を乗せたバスは、6時10分に畳平に向け曲がりくねったエコーラインをエンジンの音を上げて登っていく。バス停が何か所もあるが、朝一のため途中で乗降する人はいない。7時に畳平に着き、バスを降りると清々しい風が吹き抜ける。乗鞍本宮神社の左に一万尺と書かれた車庫がご愛敬だ。銀嶺荘で小用を足して7時20分登山を開始した。

畳平にある乗鞍本宮神社(中央)

肩ノ小屋からガレ場の登山道に

畳平から階段を下り、窪地を登り返すと10分で車道に出る。右カーブを曲がると乗鞍岳が姿を見せ、進むにつれどっしりした山容が眼前に迫る。車道を20分歩けば食堂と土産物屋を兼ねた肩ノ小屋に着く。肩ノ小屋からは、右に丸い朝日岳、左に尖った剣ヶ峰が迫る。ここからは岩がゴロゴロした本格的な登山道となる。1㎞余りの距離を約270m登るため傾斜は思いのほか急である。15分登って後ろを振り向くと乗鞍岳北側の峰々の凸凹が目を楽しませてくれる。白いドームを乗せた建物は、摩利支天岳にあるコロナ観測所だ。その右のかなたには槍穂の峰々がコツゴツと連ねている。南西側から眺める槍穂は初であった。天気のいい近日に今度は槍から乗鞍を眺めたいと強く思った。

肩ノ小屋から剣ヶ峰(左)遠望

山頂は満員御礼

大きな岩の混じるガレ場の登山道を標高を上げていくと、8時15分に朝日大権現脇を通過し、最後の急登を見上げる。下半分は小さい石と土くれに対し、上半分は大きな岩石を両手で寄せて積み上げたように見え、てっぺんに乗鞍本宮奥宮の建物が乗っている。10分後山頂に着くと狭い頂上に20人ほどいて、肩がぶつかるほど混雑している。お参りもそこそこにカメラを提げた男性にスマホのみの撮影を頼んだ。満足の一枚をゲットし、周囲の眺めをしばらく楽しむ。南に堂々と単独で聳えているのは御嶽山だろう。今は静かだが、5年前の2014年9月27日の噴火で58名の死者、5名の行方不明者を出した。そっと手を合わせ、下山することに。下山路は登りと下りの人が交錯しなかなか進めない。ちょっと走ったところガレ場で踵を滑らし転倒した。幸いリュックがクッションとなり、手のひらを擦りむいた程度でほかは何ともない。肩ノ小屋で40分の休息、ポカポカ日差しを受けて、乗鞍高原の方が見える岩場に座り遅い朝食をとった。畳平で下山のバスから北アルプスを眺め次は槍だと誓った。

朝日岳から剣ヶ峰を望む