槍沢ロッヂは快適だった。水が豊富な小屋のため北アルプスの山小屋では唯一風呂がある。4人は入れる浴槽に1人で入り、2日分の汗を流し気持ちよく就寝した。9月26日は槍ヶ岳に登り、南岳小屋に泊まる日程だ。5時30分にロッヂを出る。槍沢キャンプ地からは朝日を受けた東鎌尾根が見えた。槍ヶ岳まで約5㎞と表示されている。大曲を6時25分に通過し、5分ほど行くと沢が急に開け、左に赤沢山の岩壁、中央に花崗岩の白い稜線が現れる。ガレ場の登山道を登ること50分で天狗原分岐に着く。ここから左に道を取れば40分で逆さ槍ヶ岳が映る天狗池に出るのだが旅は長い、天狗池立ち寄りは我慢して槍ヶ岳に向かうことにする。ジグザクの登山道をゆっくり目に登るよう心掛ける。途中、登山道ではカメラクルーが撮影をしているのに出会う。すると7時50分、右の斜面の奥から槍の穂先が顔を出した。感動!
槍ヶ岳に登頂す
ガレ場の登山道をずんずん登る。槍ヶ岳の下にオレンジ色の殺生ヒュッテを見ながら登っているうちに播隆窟を過ぎてしまったようだ。せっかく新田次郎の「槍ヶ岳開山」を読んだというのに台無しではないか。8時10分にヒュッテ大槍の分岐に着いた。槍ヶ岳まで1.25㎞のジクザク道を30分登ると殺生ヒュッテ分岐にでる。ここから見る槍ヶ岳は正三角形にかなり近くどっしり座っている。振り返ると登ってきた登山道の向こうに常念岳から蝶ヶ岳の尾根が蒼く連なっている。黄色の丸を外さないように40分弱登りついに槍の肩、槍ヶ岳山荘に着いた。千丈乗越へ至る西鎌尾根へ下る岩場にリュックとストックを置いて、ヘルメットを付ける。槍ヶ岳へ取りついたのは9時30分である。幸いなことに人はほとんどいない。左側の上りルートを鎖と梯子を使いながら登ると下りてくる人とすれ違う。最後の2連梯子を上がる。登ること15分足らずで槍ヶ岳山頂に立つ。南は北穂、前穂、奥穂が、北西には双六岳、鷲羽岳らが、北東には燕岳、大天井岳の奥に後立山の山々が一望だ。後から登ってきたカメラを提げた女性に記念写真を撮ってもらう。10分余り滞在し槍ヶ岳山荘へ下りた。
中岳を経て南岳小屋に泊まる
槍ヶ岳山荘前で30分休憩し、10時45分南岳に向け稜線を南下開始する。大喰岳、中岳、南岳までは危険なところはなく、右左の稜線の景色を楽しみながら歩けばよい。10分で飛騨乗越の分岐を通過し、登り返して大喰岳へ向かうと、槍ヶ岳の陰にヘリが現れた。事故か。大喰岳を過ぎ、黄緑色のリュックを背負った人にペースを合わせ、中岳の岩稜を登る。ちょっとした鎖場と梯子の登山道から左にはどっしりとした常念岳が鎮座している。中岳で昼になった。座り心地の良い石があったので30分昼食休憩をとる。数人の登山者が行きかう先に南岳、そして鞍部に小屋が半分見えるのが今夜の宿だ。午後になり岐阜県側から雲が湧いてきた。午後1時40分、南岳山頂を通過し、10分後南岳小屋にチェックインした。
最後の槍穂縦走で顔面打撲の人
指定された寝床に入ると、隣の人は目の上にガーゼを当て寝ている。ややあって向かいの男性がケガの状況を見て、手当をしている様子を聞いていると、北アルプス縦走は60回以上来ている人で、今回が最後と決めて登り、初めてケガをしたそうだ。中岳の頂上の平らなところで石に躓いて岩に額を打ち付けたらしい。どんなに経験を積んでも、一瞬の油断で転倒することがある。もしかして、私がお昼をしたその岩にぶつけたのだろうか。うとうとしていると、玄関口で大声がする。泊めろ、泊められないでやり合っているようだ。アルプスの山小屋は予約なしでも泊めるはずなのだが、どうしたのだろう。5時になろうとしている時刻なので、夕食の準備が出来ないと断っているのかもしれない。明日は難所の大キレットである。夜になり冷えてきた。ユニクロの薄いダウンを着て寝ることにする。